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大橋 和夫(おおはし かずお、1933年5月3日 - 1992年2月5日〔『読売新聞』 1992年2月6日 (19)〕)は、東京都文京区出身の男性フィギュアスケートの元選手。 フィギュアスケート審判員。日本スケート連盟理事。パティネ商会創業者。 フィギュアスケート選手の大橋美和子は、長女。立教大学経営学部卒。 == 経歴 == 1954年、第22回全日本フィギュアスケートジュニア選手権で優勝する。 1955年、第23回全日本フィギュアスケート選手権で日本人男子選手として4年ぶりに全日本選手権者となる。 1957年、日本代表として西倉幸男、杉田秀男、上野純子、荒木祐子と共に6年ぶりに世界選手権に出場し、15位に終わる。 現役引退後の1959年に、アイススケートリンクの施工管理会社パティネ商会を創業する。 国際審判として活躍し、下記の世界選手権、冬季オリンピック大会の審判員を務めた。 *1983年世界選手権 男子シングル、アイスダンス *1984年世界選手権 男子シングル、アイスダンス *1986年世界選手権 アイスダンス *1984年オリンピック *1988年オリンピック 女子シングル また、伊藤みどりが世界のトップになるまで、「伊藤さんのジャンプは世界一の技術」と他国の審判へアピールをして支援していた〔「恩師・大橋審判員が5日死去」『日刊スポーツ』 1992年2月7日 (6)〕。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「大橋和夫 (フィギュアスケート選手)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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